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◆縦じまのサイドスロー

大洋(現横浜)の平松投手もジャイアンツ打線は打てなかったが、
私の知ってる限りでは、元祖巨人キラーは、阪神のエース・小林繁投手だった。

あの独特のフォーム。
野球少年なら一度はマネしたことがあるだろう。

昨夜、突然の訃報を聞き、幼い頃の記憶が一瞬にして蘇った。
最も印象深いシーンは、野球ではなく、あの「空白の一日」事件があった数日後の記者会見。小林投手の潔さを見て、「かっこいい人やなぁ!」と思ったことだ。

「同情されたくありません。私はプロですから結果で判断してください。」というようなニュアンスだったと記憶している。

江川投手との衝撃トレードが成立したその年のシーズン、
タイガースの小林投手は22勝を稼ぎ、おまけに巨人には1回も負けなかった。
有限実行、結果で意地を見せてくれた。

私は巨人ファンだったが、小林投手だけは心の中で密かに応援していた。
阪神に勝ってほしいな、いや、巨人が負けてほしいな・・と。


昨夜、「うるぐす」を見なきゃと思い、わざわざ番組の開始時刻まで確認して見た。

30年という長い時間を経て、江川氏がどういう心境なのか、どういう言葉で小林氏を語るのか、それを自分の目で確認せずにはいられなかったからだ。

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 2年前。あるCM撮影で、2人はあのとき以来の再会を果たす。
 昨夜は、そのとき、急きょ実現した「運命の対談」の様子が映された。

 「お互い、大変やったなぁ」と話しかける小林さんに、深々とうなずく江川さん。
 この「お互い」という言葉に、江川さんはどれほど救われたであろうか...
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2人の凍りついていた関係が、少しずつ融けていくように思えた。
あのとき止まってしまった時計の針が、また動き始めたかのようにも見えた。
私もテレビの前で目頭が熱くなった。小林さんのおかげで、ある意味、今の江川さんがいるということを、江川さん自身が最も感じているようにも思えた。


あの小林投手がこの世から去った今、
2人にとって、2年前の偶然の再会は、人生の中の「必然」であったように思えてならない。
そして、彼の人生最期の日が日曜日で、江川氏がキャスターを務める番組放送日と重なったことも、これまた人生の巡り合わせとして運命的なものを感じた。

江川卓氏がまたユニフォームを着るきっかけを、小林氏がお膳立てして、この世を去っていったのかもしれませんね。小さな大投手・小林繁さんのご冥福をお祈り致します。

by ch-imai | 2010-01-18 16:20 | imaism